Salmonella enterica serovar Paratyphi〔パラチフス〕

Salmonella enterica serovar Paratyphi〔パラチフス〕
血液
染色像
グラム陰性桿菌(Gram Negative Rod)
腸内細菌以上の区別は基本的には難しい
染色の特徴
  • 比較的短いグラム陰性桿菌
頻度
★☆☆
抗菌薬
抗菌薬の待てる人: CPFX、AZM
抗菌薬の待てない人: CTRX
インドを中心としたアジアでの検出株はニューキノロン耐性が多く報告されている。
ポイント
  • 本邦では渡航関連感染症として非常に有名な起因菌である。
  • Salmonellaは多くの亜種を持つentericaとS. bongoriから成っている。entericaの亜種のなかのtyphiおよびparatyphiはその他の亜種が哺乳類、爬虫類、鳥類など多くの動物種の腸管に存在可能であるのに対して、ヒトにのみ適合した特殊な1郡である。
  • paratyphiはさらにA,B,Cに型別され、Aはアジア周辺で流行しており、パラチフスの症例の大半を占める。Bはインドネシア、南米、Cはアフリカでの分布が多いようであるが、アメリカベースのデータではC型は少数派である。
  • 発疹チフスとの比較で腹部症状が出現しやすい点から腸チフス、腸熱と表現されることが多く、間々混同される。しかし、腸はあくまで侵入門戸に過ぎず、本菌はパイエル板から体内に侵入し敗血症をきたす点にあるので、病態としては名前とマッチしないところがある。
  • なお、腹部症状の頻度がそこまで高くないため(腹痛30~40%、下痢20%、便秘20%)、実は腸熱という呼び名すらも正直微妙なような。。ちなみに、舌の表面が舌苔で覆われる所見が間々観察され、Typhoid toungueと呼称されている。頻度不明ではあるが、舌の所見まで毎回診察するように心がけたい。[1]
  • 感染から発症までは1~2週間程度とやや長く、最長60日の記録がある。敗血症の症状としての急激な発熱として発症し、インフルエンザ様の症状(乾性咳嗽も時に見られる)で受診する。流行地への旅行歴があり、1週間以上続くナゾの発熱患者は、除外されるまではチフスとして扱うべきである。
  • 診断方法はともあれ菌体の証明になるのだが、マクロファージ内に半細胞内寄生する性質上、末梢血の菌量は少なく、骨髄内により多い。[2] そのため、血液培養の感度が60~80%であるのに対し、骨髄液の培養は80~95%となる。十二指腸液・血液・骨髄液をすべて集めればその感度は99%近くなり、確実な除外が可能となる。
  • 培養検査が低感度であるため、ワイダル反応という血清学的診断が存在するが、使用される抗原はTyphiのみならずその他Salmonellaや腸内細菌と交差反応してしまうために先進国で積極的には行われていない。コレよりも感度・特異度を改良した血清検査が開発中とのことで、注目されている。[3]
  • 血液培養は通常の腸内細菌と判別は困難である。性化学的性質でSalmonellaとわかった後、参考画像のようにSS寒天培地でコロニーを形成する。Typhi、Paratyphi意外のSalmonellaは硫化水素を作るためコロニーが黒色になるが、今回はなっていないため、これら高病原性が疑われる。
  • 治療はニューキノロン系、第三世代セフェム、アジスロマイシンが使用可能である。インド亜大陸での抗菌薬の使用状況を反映したのか、ニューキノロンへの耐性は年々増加傾向にあり、使用しにくくなってきている。
  • セフトリアキソンがファーストラインとして好まれるが、適切に使用されても4~6日程度は発熱が持続してしまうため、効果判定のマーカーには気をつけられたい。
  • ちなみに腸チフス・パラチフスはいずれも3類感染症であり、診断後直ちに届け出が必要で、多くの場合保健所の介入を受けることとなる。食品系での就労がある場合には、職場復帰になかなか厳しい制限がかかるので、お忘れなきよう。
参考画像
参考文献
  1. [1]  N Engl J Med 2002; 347:1770-1782
  2. [2]  J Clin Microbiol 2001;39:1571-1576
  3. [3]  Lancet 1983;2:441-443
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何かあれば!

グラム染色の前書き

 風邪にクラビット、肺炎にセフトリアキソン、尿路感染にセフメタゾール...?本当にその抗菌 薬は必要だろうか?その処方は安心を買うためのものだろうか?耐性菌のリスクをどう評価するか? グラム染色は、そんな抗菌薬選択の答えを導くことができる。グラム染色(Gram Stain)をマスターし て、あなたの日常診療の強力に補助するツールを身につけよう。

グラム染色とは…?

 そもそも、グラム染色(Gram Stain)とは、細菌等を染色液によって染め、分類する方法である。名前の由来は1884年にデンマークの医師ハンス・グラムにこの染色法が発明されたことによる。日常診療やERで簡易に施行できるが、臨床での抗菌薬の決定や、治療効果の判定に大きな根拠となる。感 染症内科は言うまでもなく、日常臨床に携わるプライマリ・ケア医や総合診療医、家庭医にも重要な手技である。グラム染色(Gram Stain)は研修医のうちから習熟することが望まれる。

グラム染色のHPについて

 当HP「グラム染色(Gram Stain)」には、グラム染色(Gram Stain)の全てを詰め込んでいる。グラム染色(Gram Stain)の手順から染色像の判定、そして抗菌薬の決定から治療効果の判定までをできるだけ分かりやすく解説したつもりである。また、もしわからなければ、当方に直接相談できる窓口も設けた。どんどん相談してほしい。当ホームページ「グラム染色(Gram Stain)」を少し巡回された方はすぐに気づかれたとは思うが、マニアックなグラム染色像もふんだんに盛り込み、それぞれの菌についてはこころを込めてたくさんのポイントやトリビアを参考文献を付して提示した。患者さんが特殊な感染症にかかった時はもちろん、読み物としても楽しんで欲しい。

みなさまの日常診療の役に立て、少しでも患者さんのためになれば幸いです。

グラム染色(Gram Stain)管理人 代表 麻岡大裕(感染症内科)
平井孝幸(膠原病内科)、濱口政也(総合内科)、松島秀幸(膠原病内科)、植田大樹(放射線科)

大阪市立大学 細菌学教室 公認

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