Acinetobacter baumannii肺炎 〔劇症型市中肺炎〕

Acinetobacter baumannii肺炎 〔劇症型市中肺炎〕

日本でも少しづつ症例発表の出てきているネタをひとつ.
Ainetobacter属は好気性Gram陰性球桿菌で,言わずと知れた院内感染の雄です.
強い生存性能と乾燥耐性,容易に抗生剤耐性を獲得していく姿はGram陰性のMRSAとの異名となり,多剤耐性株が病院内で猛威を奮ったことは管理人には記憶にあたらしいところです.
Gram染色の掲示板なので染色像の話しもすると,コイツらは細胞膜の形態からGram陰性にも陽性にも染色され得ます.
また,分裂の活発さ加減では桿菌にも球菌にもなりえます.つまり,Gram染色で一様には染色されず特徴がイマイチ一致しないことが却って特徴になります.

無題の画像
弱毒ですが異常なしつこさを持ち,既にかなり状態の悪い人の最後のひと押しとなることから『殺し屋でなく葬儀屋』などと言われる,なんやかんや二つ名の多いヤツです.
しかしながら,彼らにはそれとは全く違うキャラクターを示す場面があることは意外に知られていません.

症例

68歳男性.糖尿病くらいしか免疫を落とす既往のない方でした.
勿論ステロイド内服なんかもしてないし,誤嚥もしていないヒトだったそうです.
7月の暑い気候で,1日前から発熱その後意識レベル低下で救急搬送.来た時にはもう既に敗血症性ショックで,白血球は340/μlしかないような状態でした.

胸部X線・CTでは両側肺に大葉性肺炎像あり.熱のFocusは肺としての治療が開始.
大量のカテコラミンサポートに抗DIC療法.広域抗生剤が使用されましたが,低下した意識はついに戻らず,胃瘻を作っての退院となってしまいました.

アイキャッチはその時の喀痰です.
そこそこ質のいい喀痰だったのですが,WBCはほとんど見えず.GNCとGNRばかり多数確認できます.
培養結果はAcinetobacter baumanniiでした.

ポイント

Acinetobacter属の日本での姿は多くは執拗な院内感染菌です.多数のβ-ラクタムに耐性を獲得し,ICUで人工呼吸器に住み着く魔物ですが,ギニア島・台湾・オーストラリア北部といった一部地域では違います.
そこでは市中肺炎での起因菌となり,Gram陰性菌肺炎の30%.肺炎からの敗血症の実に10%を占める劇症型肺炎の起因菌なのです.
発症数日でショックとなり,高率にARDS・DICを合併.死亡率は42~60%とも報告され,夏場を中心に恐れられる感染症のひとつです.[Anstey NM et al Clin Infect Dis 1992 ; 14 : 83, Ming ZC et al Chest 2001 ; 120 : 1072―1077.]

発症リスクは高齢・COPD・アルコール依存・糖尿病,あるいは遺伝的要素とする研究がありますが,確立されたものは今以ってありません.
日本でも温暖化の影響もあってか,年々報告が増え続けています.
『夏場の』,『ショックを伴うほど重症の』,『Gram染色像が一定しない菌による』肺炎は一度はコイツを考えたほうが良いでしょう.

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何かあれば!

グラム染色の前書き

 風邪にクラビット、肺炎にセフトリアキソン、尿路感染にセフメタゾール...?本当にその抗菌 薬は必要だろうか?その処方は安心を買うためのものだろうか?耐性菌のリスクをどう評価するか? グラム染色は、そんな抗菌薬選択の答えを導くことができる。グラム染色(Gram Stain)をマスターし て、あなたの日常診療の強力に補助するツールを身につけよう。

グラム染色とは…?

 そもそも、グラム染色(Gram Stain)とは、細菌等を染色液によって染め、分類する方法である。名前の由来は1884年にデンマークの医師ハンス・グラムにこの染色法が発明されたことによる。日常診療やERで簡易に施行できるが、臨床での抗菌薬の決定や、治療効果の判定に大きな根拠となる。感 染症内科は言うまでもなく、日常臨床に携わるプライマリ・ケア医や総合診療医、家庭医にも重要な手技である。グラム染色(Gram Stain)は研修医のうちから習熟することが望まれる。

グラム染色のHPについて

 当HP「グラム染色(Gram Stain)」には、グラム染色(Gram Stain)の全てを詰め込んでいる。グラム染色(Gram Stain)の手順から染色像の判定、そして抗菌薬の決定から治療効果の判定までをできるだけ分かりやすく解説したつもりである。また、もしわからなければ、当方に直接相談できる窓口も設けた。どんどん相談してほしい。当ホームページ「グラム染色(Gram Stain)」を少し巡回された方はすぐに気づかれたとは思うが、マニアックなグラム染色像もふんだんに盛り込み、それぞれの菌についてはこころを込めてたくさんのポイントやトリビアを参考文献を付して提示した。患者さんが特殊な感染症にかかった時はもちろん、読み物としても楽しんで欲しい。

みなさまの日常診療の役に立て、少しでも患者さんのためになれば幸いです。

グラム染色(Gram Stain)管理人 代表 麻岡大裕(感染症内科)
平井孝幸(膠原病内科)、濱口政也(総合内科)、松島秀幸(膠原病内科)、植田大樹(放射線科)

大阪市立大学 細菌学教室 公認

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